パスポートに記載されている名前が本名と異なるという事態は、日本のような国では通常ありえないし、仮にあったとすれば、何らかの犯罪が背景にあるとみな されてもしかたがない。だからこそ、難民認定申請中の逮捕が生じうるわけだが、これはビルマのように政府そのものが崩壊状態にあるような国家から来た人々 の事情を考慮していないやり方だ。
ビルマにおいては、パスポートは役所で申請して取得するものではなく、ブローカーに頼んでしかるべきところに賄賂を渡して入手するものなのだ。裏のルートを通じてパスポートの作成・発給が行われるため、名前の間違いが起こりやすく、また意図的に名前を変えて申請することも可能なのである。
まず名前の間違えについて言えば、その多くは、非ビルマ民族に起きる。非ビルマ民族の名前がビルマ民族の名前と異なるためだ。
非ビルマ民族の名前はビルマ文字では正確に書き表せないことがあり、このような場合、その名前はビルマ語風の発音に当てはめられてしまう。
パスポートの名前はローマ字で表記されるから、ビルマ語風に変換された名前がさらにローマ字化されるわけで、その結果、もとの名前とはかけ離れた名前ができてしまうことがある。
具体例を挙げる代わりに、英語と日本語で説明してみよう。
英語の名前 PAUL WELLER
日本語表記 ポール・ウェラー
ローマ字表記 POORU WERAA
こんなふうにインプットとアウトプットがまったくの別物になることもあるのだ(ま、これは少々大げさではあるが)。
このような綴りの問題の他に、もっと根本的な問題もある。ビルマ民族の名前には姓というものがなく、したがってパスポートには姓を記す欄がない。ところが、ビルマに暮らす民族の中には、「姓」を持つ民族もいる。
その代表といえるのがカチン人だ。もっとも、たとえば日本人の姓と比べた場合、それとは異なる文化的役割を果たしているようで、両者を「姓」とひとくくりにしてよいものか分からないが、少なくともビルマ民族にはないものだ。
このカチン人の「姓」がしばしばパスポートでは無視されるのである。いや、無視されるというか、そもそも、ビルマ国内で誰かが「姓」を持つことなど想定されていないようだ。
ビルマ軍事政権についてよく表現されるのが、ビルマ民族至上主義、つまり他民族の歴史と文化の著しい軽視・無視ということであるが、このようなところにも、この政権の特徴がはっきりと現れている。
脱線するが、同じように日本の行政でも、誰かが「姓」を持たないことがあるとは想定されていず、そのため、ビルマ人が外国人登録するときなど、名前が二つに分けられてしまうことがある。
たとえばミンガウンというひとつの名前が、姓「ミン」、名前「ガウン」となってしまう(欧米でも同じことがあるようだ。しかも、むこうは名前が先にくるから、結果としてガウン・ミンという珍妙な名前が出来上がってしまうこともある)。
とはいえ、我が国が軍事政権とは違うのは、申請時に説明すればひとつの名前として登録してくれるし、すでに登録された後でも、手間がかかるものの、無料で、つまり賄賂なしで、変更が可能だということだ。
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