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2011年2月28日月曜日

難民認定申請最新情報 第1回《セタナー第2号》

BRSA機関誌セタナー第2号からの記事の紹介です。

難民認定申請最新情報 第1回

以下は2010年12月12日に行われたBRSAセミナーにおいて、アムネスティ・インターナショナル日本でビルマ難民を長年にわたり支援されてきた行政書士の熊澤新さんの講演の記録です。難民問題の最前線で働かれている熊澤さんが、会員のために最近の難民認定申請の状況などについて平易に話して下さいました。(文責・熊切拓)


《難民認定申請のシステム》

最初に難民申請の簡単なシステムの説明をします。ですから、これは申請中の人に関係する話です。後の方で、ビザをもらった人のために、家族をビルマから呼ぶことについてお話します。

今日、ここにおられる日本人の方に、一応先に言っておきますが、わたしはビルマの方々に分かりやすく話していますので、細かいところや言葉遣いで必ずしも法律的には正しくないところもあります。あらかじめご了解ください。

難民申請というのはどんな人でも、つまりオーバーステイでもそうでなくても、あるいは入管に収容されていても、されていなくてもやり方は一つです。

最初に申請をします。しばらくしてからインタビューが必ずあります。その後に、1回目の結果が出ます。その結果の出方は3通りあります。

①難民として認める場合。
②難民とは認められないが、在留特別許可を与える場合。
③難民と認めず、在留特別許可も与えない場合。

①の人は問題ありませんが、②と③の人は異議申立てをすることができます。この異議申立ては結果の出た日から一週間以内にしなくてはなりません。

そして、異議申立ての後にインタビューがあります。これがビルマ人の間で有名な「お台場のインタビュー」と言われるものです。どうして「お台場のインタビュー」かといえば、港区のお台場、フジテレビの近くに法務省の大きな建物があり、そこでこの段階のインタビューが行われることが多いのです。

このお台場のインタビューと最初のインタビューとでは大きな違いがあります。最初のインタビューは入管の審査官だけです。ところが、2回目のお台場のインタビューでは審査官と一緒に3人の参与員がおり、この人たちが話を聞いていろいろ質問します。ですから最初のインタビューで審査官が「嘘だ、嘘だ」と決めつけたことでも次のお台場のインタビューで参与員が信じてくれたらそれは在留特別許可の対象となります。

参与員というのは3人います。この3人全員が難民だと判断すれば、入管がなんといおうと難民認定されるケースがほとんどです。ですから、お台場のインタビューというのは大事なのです。

このお台場のインタビューの後に2回目の結果が出ます。この結果の種類もはじめのものと一緒です。

①難民として認める場合。
②難民とは認められないが、在留特別許可を与える場合。
③難民と認めず、在留特別許可も与えない場合。

①と②の人はいいのですが、③の人、何ももらえなかった人はどうすればいいのか。ここで3つの道があります。

①ビルマに帰る(これはないとは思いますが)。
②裁判を起こす。
③もう一度最初から難民申請をやり直す。これが一番多いと思います。


《最近の動き》

最近の動きについていくつかお話をします。

以前ここでお話したときに、わたしはインタビューまで非常に時間がかかると言いました。去年申請した人はわかると思うのですが、申請してから最初のインタビューまで1年ぐらいかかりました。すごく待たされました。

ところが、今年の秋以降ちょっと変わってきました。申請からインタビューまでが非常に早くなりました。先週あった例でちょっとびっくりしたんですけども、11月8日に申請した人のインタビューが12月10日にあったのです。申請からインタビューまで1ヶ月です。以前なら申請からインタビューまで1年もかかるので、とりあえずまず申請だけして、それから政治団体に加入するなりして政治活動を頑張ればいいと、いままでいろいろなところでお話してきたのですが、今はその期間が短くなりました。

これは入管がそういう手続きを早くすると言っているからです。これが最近の大きな変化です。もう一つの変化は、再申請の時のインタビューが非常に短くなったということです。最近聞いた話では再申請の最初のインタビューが1時間ほどで終わってしまうのだそうです。

何でそんなにインタビューが短いのかと入管に聞くと、再申請の場合は申請者が提出した申請書や書類を前もって読んでいるからそうなるのだとの答えが返ってきました。

ちょっと話が戻るのですが、難民申請をしている人のうち、仮放免の人はお台場のインタビューの結果がダメになると入管に収容されてしまうケースが今とても多くなっています。

仮放免の人はお台場のインタビューの後に入管に呼ばれて不許可と言われると収容されることが多いのです。それで、収容されてしまった人はびっくりして次の2回目の申請を慌ててすぐに出してしまうのです。ですが、すぐに申請する必要はありません。2回目の申請は申請書が重要なので、申請書はゆっくりよく考えて出してください。


《不認定理由書について》

後もう一つ気をつけなければならないことがあります。最初の結果、そして2回目の結果では、難民不認定の場合には「なぜ不認定となったのか」を説明した紙が渡されます。

その紙は日本語で書かれているのでみなさんは直接わからないかもしれませんが、入管の通訳の人がこれを読んでくれます。

この紙にはいろいろなことが書いてあるのですが、実はパターンが決まっているんです。少し説明しましょう。

①あなたは反政府組織のメンバーであっても、組織のリーダーではなく一般のメンバーなので、ビルマに帰国しても危険ではない(平メンバー論)。

②あなたは軍事政権が発行したパスポートを所持して来日している。つまり、これは軍事政権があなたを危険人物とは見なしていない証拠である(パスポート合法取得論)。

③あなたは日本にきてから特に理由がないのに長い間難民申請せずに仕事ばかりしていた(仮放免の人に特に多い理由)。

④(少数民族の申請者に対して)ビルマ政府は少数民族にひどい迫害を行っているが、普通にビルマでおとなしく生活している少数民族には危険はない。
この4つの理由はたいていどの理由書にも書いてあります。

ここでわたしたちがしなくてはならないのは、入管の主張するこれらの理由が間違いであることをはっきりさせることです。

この4つに関してどのような反論ができるか考えてみてください。

最近、わたしがよく聞かれるのは、インタビューの時に何を言えばいいかわからない、ということです。だから、インタビューの答え方を教えてくれ、とよく尋ねられるのです。ですが、インタビューで話すのは自分なのですから、何を話すべきなのかは自分でちゃんと考えてください。自分の頭で考えてくださいね。

では、どのように反論したらいいのかという例をいくつかお話しましょう。

まず①の理由について。

普通のメンバー、例えばNLDでもなんでもいいのですが、政治組織のただのメンバー、リーダーではないメンバーはビルマでは危なくないよと入管に言われたら、どう反論すればよいのでしょうか。

一つの反論として挙げられるのは次のようなものです。ビルマには2200人の政治囚がいますが、これらの政治囚の中にはNLDその他のグループの普通のメンバーもかならずいるんですね。ミンコーナインやスースーヌエなどの有名な活動家も投獄されていますが、2200人すべてがミンコーナインのような人ではないんです。みんながみんなこんな有名な人ではありません。ですから普通のメンバーであっても逮捕される危険があるという反論ができるのです。

②のパスポートの問題。軍事政権の入管に行って自分でパスポートを取得したのだから、あなたには何の危険もないというもので、これは入管が繰り返し主張している考え方です。いまだに日本の入管はこれを主張しています。これに反論するのは簡単です。ブローカーです。ビルマと違って日本にはパスポートを手伝うブローカーはいません。これははっきりいっておきます。日本人はブローカーを使ってパスポートを作ることは絶対にできないです。

ですが、ビルマではブローカーがたくさんいて、パスポートを作ることができます。そういう人は多いと思います。ひどい場合には、ブローカーに頼んでお金を払えば、本人が役所に行かなくても、ブローカーがパスポートを持ってきてくれるらしいですね。お金さえ払えば、自分名義のパスポートをブローカーがわざわざ家まで持ってきてくれるんですね。日本人からすれ不思議なんですが、これがパスポート合法取得論に対する一番有効な反論です。

③は日本にきて長い間難民申請をせずにいる人は本当は難民になる理由がないという考え方です。これに対しては反論となる理由を正直に言えばいいのです。なぜ日本にきて長い間難民申請をしなかったかといえば、これにはいろいろな理由があります。わたしはたくさんのビルマ人から聞きました。一番多いのは、難民申請については知っていたが、具体的にどうやってすればよいのかわからなかったので今までしなかったというものです。それから、難民申請については知っていたが、難民として認められるのはミンコーナインやアウンサンスーチーのような非常に有名な人だけで、自分には無理だと思っていた人もいます。

2003年までに結構多かった理由もあります。いくら軍事政権といえども、いつかはなくなるだろう、ビルマは民主化するだろうと思って難民申請を控えていた、というものです。

何でここでわたしが2003年といったかわかりますか。2003年にはディペイン虐殺事件という事件があったからですね。2003年5月30日、軍事政権は非常にひどいことをしました。それでみんな思ったわけです。軍事政権はやっぱり怖い、そしてすぐにはなくならないだろう、と。それで2003年以降難民申請する人がすごく増えました。

さらにほかの理由もあります。ビルマの人でこの理由を挙げる人がいるのですが、自分は難民申請をしたかったが、ヤンゴンにいる親に電話したら泣いて申請を止められた、というものです。これは結構いるのですね。ビルマの人は日本人と違って親のいうことをよく聞くんですね。

④は民族的迫害に関するもので、あなたはカチン、シャン、カレンなどの少数民族だが、ビルマで普通に生活している分には危険はない、というものです。

この入管の考えは完全な間違いです。少数民族は、例えばカレン人だったらカレン州、シャン人だったらシャン州、モン人だったらモン州、カチン人だったらカチン州に住んでいると軍事政権の軍からひどい迫害を受けるということは非常によく知られています。ですので、入管のいっていることは間違いですね。

こうやって入管が主張する理由に対してこちらからちゃんと説明しないといけないのです。

不認定理由書にはこれら4つの理由が書いてあることが多いのですが、この全部にひとつひとつ反論する必要はありません。入管の言っていることには中には本当のこともあります。入管の言っていることが正しいと思う理由については黙っていればいいのです。

不認定理由書には残念なことが書いていることもあります。「あなたの言っていることはどうもおかしい。言っていることが変わったりして、あなたの言っていることは信じられない。あなたは嘘をついているのではないか」というように書いてあるのです。これは実を言うと非常に困ったケースです。

入管がこのように主張するのには理由があります。インタビューの時に審査官は同じ質問を2回したりします。月曜日のインタビューで聞いたことを水曜日のインタビューでもう1回わざと同じ質問をするんですね。それで、月曜日のインタビューと水曜日のインタビューで違うことを言っちゃうんですね。そうすると、あなたの言葉は信用できないと書かれます。こうした例はけっこうあります。これはインタビューの時に気をつけるしかないですね。

これもよくあることなんですが、インタビューの時はとても緊張します。それでインタビューに答えるわけですが、終わって家に帰った後にゆっくり考えてみたら、インタビューで間違えたことを言ってしまったと気がつくことがあります。それで「どうしよう」と困ってしまう人がいます。

人間には言い間違いや記憶違いがよくあります。ですので、もしインタビューで間違ったことを言ってしまって、後でそれに気がついても、それは大丈夫です。後から入管に「間違いでした」と訂正すればいいのです。

もう一度いいますが、インタビューの時に何を言っていいかわからない、どう答えたらよいか教えてほしいと尋ねる人がいますが、インタビューで話すことについては、自分でちゃんと考えてください。

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